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忠清北道歴史/沿革

忠清北道歴史/沿革 - 三韓時代, 三国時代, 高麗時代, 朝鮮時代, 光復以降
三韓時代 三韓の成立時代には馬韓の地に属していた。
三国時代 百済が清州・報恩の一部の中部地域を、新羅が永東・ 沃川・報恩の一部の南部地域を、そして高句麗が堤川・丹陽・忠州・槐山・鎮川など東北部地域を占有していたが、4世紀には百済が忠清北道全域を支配するようになった。
高麗時代 995 成宗14年、全国を10道に区画した際、本土を中原道と称し、13郡42県を管轄するようにした。
1106 睿宗元年には河南道(忠清南道)を併合し、忠清道と称す。
1171 明宗元年に再び分割し、本土の大部分の地域を楊廣道に属するようにし、忠州牧と清宗牧を置く。
1356 恭愍王5年に忠清道に改称する。
朝鮮時代 1395 太祖4年に陽光柱所属の郡県を京畿道に移動・管理させ、忠州・清州・公州・洪州の所属領にある郡県を合わせて忠清道を作り、忠州に観察使を置く。 
1413 太宗13年にヨホン(驪州郡)・安城・陰竹・陽城(安城郡の一部)・陽智(龍仁郡の一部)を京畿道に移管させ、慶尚道に属していた沃川・青山・黄澗・永東・報恩の各郡県を忠清道に帰属させる。
1895. 5.26 高宗32年、道制を廃止し、全国を23部の行政区域に改編したのだが、本土は忠州部の管轄に属するようになる。
1896. 8. 4 部制を廃止、13道制を実施しながら初めて忠清北道の名を称し、道庁を忠州に置く。
1908. 6. 5 道庁を清州(南門路2街、現在の中央公園)へ移動、18郡199面を管轄するようになる。
1914. 3. 1 行政区域の廃合により10郡 114面に改編される。
1929 一部面の廃合により、再び10郡101面に縮小改編される。
1931. 4. 1 地方制度の改定実施により、清州・忠州面が邑(ウプ)に昇格されると共に10郡2 邑104面に改編される。
1937. 6. 道庁建物を南門路から現在の所在地(文化洞)へ移転する。
1940.11. 1 永東面・堤川面が邑に昇格されると共に10郡・4 邑・102面に改編される。
光復以降 1946. 6. 1 清州邑が部に昇格され、1部・10郡・3 邑102面に改編される。
1947. 1.31 俗離面を内俗離面と外俗離面に分離させ1部・10郡・3邑・103面に改編。
1949. 8.13 沃川、曾坪面が邑に各々昇格され1部・10郡・5邑・101面に改編される。
1949. 8.15 清州部が清州市へ変更され1市・10郡・5邑・101面に改編される。
1956. 7. 8 忠州邑が市へ、陰城面が邑へ各々昇格して2市・10郡・5邑・100面に改編される。
1963. 1. 1 淸原郡四州面が清州市へ、 槐山郡上芼面が中原郡へ、慶北聞慶郡笼岩面三松里が槐山郡青川面へ各々編入されながら2市・10郡・5 邑・99面・1出張所に改編される。
1973. 7. 1 行政区域改編により報恩面・鎮川郡・金旺面が邑に昇格され、2市・10郡・8邑・96面に改編される。
1979. 5. 1 槐山面と丹陽面が邑に昇格され、2市・10郡・10 邑・94面・3出張所に改編される。
1980. 4. 1 堤川邑が市に昇格し、堤川郡が堤原郡に名称を変えて3市・10郡・9邑・94面・3出張所に改編される。
1980.12. 1 梅浦面が邑に昇格し、3市・10郡・10邑・93面・3出張所に改編される。
1983. 2.15 青原郡江西面が清州市に編入され、3市・10郡・10邑・92面・6出張所に改編される。
1989. 5. 1 清州市に東部・西部出張所を設置し、3市・10郡・2出張所・10邑 ・92面・56洞・6面出張所に改編される。
1990.12.31 忠清北道曾坪出張所設置により3市・10郡・1道出張所・2市出張所・10邑 ・92面・56洞・6面出張所に改編される。
1991. 1. 1 堤原郡を堤川郡に名称を変更する。
1992. 1. 1 丹陽邑区丹陽出張所が丹城面に昇格し、3市・10郡・1道出張所・2市出張所・10邑・93面・56洞・5面出張所に改編される。
1995. 1. 1 忠州市・中原郡の統合(忠州市へ)と堤川市・堤川郡の統合(堤川市へ)が行われ、忠州市上堂区・興徳区の設置により3市・8郡・2区・1道出張所・10 邑93面・60洞・5面出張所・3地所に改編される。
1995. 3. 2 忠州市周徳面と堤川市鳳陽面が邑に昇格し、3市・8郡・2区・1道出張所・12邑・91面・60洞・5面出張所・3地所に改編される。
1996. 1. 5 清州市興徳区秀谷洞イス谷1・2洞に分洞され、3市・8郡・2区・1道出張所・12邑・91面・61洞・5面出張所・3地所に改編される。
1998. 2. 1 清州市上堂区永同・北2・北3・秀洞が中央洞に、文化・北1・南門路2街・ 瑞雲・南門路1街・西門・南州・石橋洞が城安洞と一緒になって3市・8郡・2区・1道出張所・12 邑 ・91面・56洞・5面出張所・3地所に改編される。
1998. 9.23 丹陽郡別芳、ガッキ出張所が廃止され3市・8郡・2区・1道出張所・12邑・91面・56洞・3面出張所・3地所に改編される。
1998. 9.25 堤川市中央洞と南泉洞が南泉洞に、東峴洞と頭鶴洞が 東峴洞に、華山1・2洞が華山洞へ、栄川1・2洞が栄川洞に統合され、3市8郡2区1道出張所12 邑 91面52洞3面出張所に改編される。
1998.10. 1 忠州市城内洞と忠仁洞が城内・忠仁洞に、校峴1洞と安林洞が校峴・安林洞に、丹月洞と達川洞が達川洞に統合され3市8郡2区1道出張所12 邑91面49洞に改編される。
1998.10.17 槐山郡青川面徳坪・松面出張所と清安面復興出張所が廃止され3市8郡2区1道出張所12 邑91面49洞に改編される。
2000. 1. 1 清原郡北一面が内秀邑に昇格・変更され、鎮川郡萬升面が廣惠院面に変更され3市8郡2区1道出張所13邑90面49洞に改編される。
2003. 8.30 曾坪出張所が曾坪郡に昇格し3市9郡2区13邑90面50洞に改編される。
2005. 4. 1 忠州市上芼面 → 水安保面に名称を変更。
2007. 1. 1 清原郡オチャン面をオチャン邑 に昇格・名称変更し3市9郡2区14 邑89面50洞に改編される。
2007.10. 1 報恩郡内俗離面 を俗離山面に、外俗離面を帳安面に、懐北面を懐仁面に名称を変更。
2008. 1. 1 清州市山米粉長洞を山南洞と粉坪洞に分洞し3市9郡2区14 邑89面51道に改編される。
2012. 1. 1 忠州市利柳面→大召院面に名称変更し、清原郡江外面→五松邑に名称を変更。
2014. 7. 1 清州市と清原郡を統合。 → 清州市(4区・3邑・10面)